こんにちは、アートナビゲーターの日下真美です。この秋、軽井沢に新たなアートスポットが登場しました。日本初、藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館「軽井沢安東美術館」です。
美術館の成り立ち
美術館のオーナー安東泰志氏は長い間金融の世界で活躍されている方。投資ファンドの経営者としても緊張と荒波に接してこられました。ある日、静養中の軽井沢で散歩の途中に、偶然ギャラリーで藤田嗣治の版画に出会い、そこに描かれていた猫に直感的にシンパシーを覚えます。それ以来、ご夫妻で少しずつ集められた猫や少女の絵は安東邸の壁に掛けられ癒しの時間を提供してくれたそうです。約20年間で180点もの藤田嗣治のコレクションが形成されました。
美術館建設の構想が芽生えたのは4年ほど前。そこには、緑の中で藤田と共に過ごす癒しの時間をより多くの人達と共有出来る場所にしたい、また「我が子のような作品達を散逸させたくない」という安東氏の想いがありました。
安東夫妻の「フジタ愛」溢れるコレクション
最初は“かわいい”から始まった猫や少女の描かれた作品蒐集も、藤田嗣治の激動の人生を深く知り、個人美術館を設立するのであればと、系統的に作品を蒐集する方向へと変化していきました。初期の作品をはじめ、藤田嗣治の代名詞ともいえる「乳白色の裸婦」、風景画、戦争画、宗教画、版画、本や絵本の挿絵・装丁、手紙、手仕事の家具や陶芸作品等、そのバリエーションの豊富さに驚嘆します。藤田自身の人生を感じる事が出来る、安東氏の鋭い審美眼による蒐集品の数々。今回の開館記念企画はほぼ全ての主要作品が展示されています。絵画だけでなく展示品一つ一つにご夫妻の「フジタ愛」を強く感じます。
「自宅にお招きするような美術館」
軽井沢駅から徒歩8分。のんびり散歩気分で「軽井沢大賀ホール」のある公園を過ぎると、斜向かいに温かなレンガとシャープなガラスで覆われた美術館が現れます。「自宅にお招きするような美術館」のコンセプトは、安東氏の様々な心遣いに溢れた設計になっています。東京にある安東氏の自宅イメージを大切に建築家、武富恭美氏が設計を手掛けました。イギリス製のハンドメイドのレンガ、光と色彩に彩られた展示室が、中庭を包み込むように配置された回遊性のある空間。壁の色も、それぞれの展示室を特徴づける壁紙で安東邸を再現。展示室ごとに、照度や目線や配置が考慮されています。入口付近のサロンは音響効果も重視していて、定期的なコンサートも予定しているそう。美術館所蔵の1899年製ヴィンテージピアノの「スタィンウェイ」が華を添えています。通常はワーケーションスペースや講演会などにも使用出来ます。展示室入口付近には外の緑と調和したステンドグラスが優しく来館者をいざないます。
森と山をイメージしたロゴマークは、本の装丁やイラストで活躍中の寄藤文平氏に依頼し、安東のAとミュージアムのMを組み合わせたもの。建物のあちこちに組み合わせを変化させたロゴが十字架や花に変化する仕掛けがされているので是非探してみてください。他にもレストルームの壁紙はイギリス製のもの、展示室にはゆったりした皮のソファなど、来館者のくつろぎを重視したおもてなしの空間。美術館で鑑賞している事を忘れてしまうほど、藤田作品にゆっくり向き合える癒しの時間がすごせます。
4つのコンセプトからなるオープニング展
オープニングの展覧会は藤田嗣治の画家人生をなぞるようなテーマで展示がされています。
渡仏~スタイルの模索から乳白色の下地へ
展示室2では藤田の渡仏後、初期の作品、風景画、自身のスタイルを模索していた時代など画風の移ろいを中心に代名詞「乳白色の下地」の完成まで貴重な作品群が多く展示されています。
旅する画家~中南米、日本、ニューヨーク
展示室3では、藤田が新しい恋人マドレーヌと共に旅先で出会った風俗など「旅」をテーマにした作品や、その後日本に帰国後、戦争や時代の激流の中で藤田の足跡をたどる作品などが展示されています。
ふたたびパリへ ~信仰への道
展示室4は、まるで礼拝堂の様な空間です。1950年、戦争による苦悩を味わい、再びフランスに戻った藤田が宗教画に向かう過程が伝わる展示です。この部屋のためにデザインされた教会の様な椅子は、座った状態で祭壇画のように聖母子が鑑賞出来るように工夫されています。藤田のサインの変化もお見逃しなく。
少女と猫の世界
展示室5は、安東邸の再現がコンセプト。コレクション形成の核をなす「少女」「猫」が壁一面にかけられ来館者をお出迎えします。ゆったりとしたソファはくつろいだ気分で鑑賞してほしいと選ばれたもの。また、ご夫妻の尽力で藤田財団からの特別な許可により、この部屋の作品は開館から半年間に限って条件付きで*撮影が出来ます。お気に入りの作品を探す楽しい時間が過ごせそうです。
*一点撮りは不可。フレームに作品を3点以上入れて、「展示風景」として撮影すること。フラッシュや三脚などの使用は禁止です。
藤田作品だけじゃない!見逃せない美術館の魅力
藤田作品の展示はもちろん、軽井沢安東美術館は魅力がいっぱい。特に個人的に心に残ったポイントをピックアップしてみました。
藤田嗣治の人物像が伝わるキュレーション!
以前に藤田嗣治の展覧会を企画したこともある水野昌美さんが館長を務め、安東ご夫妻の想いを汲んだ構成が展開しています。
建築家やデザイナーの想い!
回廊を巡るように美術館を楽しめる、中庭を囲うかたちで配された展示室など、隅々まで工夫と配慮がされたおもてなしの空間を体感。
作品ごとに変化する額縁の素晴らしさ!
藤田の手作りや作品を活かす素材や形状のものなど、額縁と作品との一体感を堪能出来ます。
美術館のオリジナルグッズが豊富!
ステーショナリーや老舗メーカーとのコラボ陶器まで、思い出の一品が目白押し。
美術館併設の「HARIO CAFE」でくつろげる!
美術館併設2号店目になるハリオカフェ。オリジナル器具で丁寧に淹れられた飲み物で中庭を眺めながらホッと一息。余韻に浸れます。
パリに最も愛された日本人画家と言われる「藤田嗣治」の作品が軽井沢の個人美術館で
180点も鑑賞出来るという驚き!蒐集された安東ご夫妻とスタッフの温かなおもてなしが溢れる美術館です。何度も、あの猫や少女や聖母子に会いたくなる。そんな至福の時間を是非、軽井沢で!
軽井沢には他にもたくさんの美術館があります。近隣の千住博美術館、軽井沢ニューアートミュージアム、セゾン現代美術館、軽井沢現代美術館などもまわり、様々なジャンルの作品との出会いも楽しんではいかがでしょう!
■軽井沢安東美術館
〒389-0104
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43番地10
開館時間 4-10月 10:00-17:00 / 11-3月10:00-16:00
休館日 水曜日(祝日の場合は翌平日)
観覧料 大人2000円 小人(高校生以下)1000円
プロフィール/美術館のチラシで美術検定を知り、ナビゲーターという言葉に惹かれて受験。2009年に美術検定1級取得。アートの楽しさを多くの人に伝えたいと、公、私立美術館を中心に、案内や作品ガイド、広報等活動中。特にガイドで心掛けているのは、来た時より帰りは笑顔で。展覧会だけでなく、アートイベントやシンポジウム等、興味のアンテナ張りは尽きません。
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