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誰でもブレークスルーしていい。これは美術史から学んだ(森山宏樹さん)

更新日:7月24日


森山宏樹さん(会社員)

2022年度 1級合格



美術検定を目指したきっかけは

「感じる」から「深めたい」への移行


――森山さんは技術畑で長らくお仕事をされているとうかがっています。もともとアートにご興味があったのですか?


森山 高校生の頃からたまに展覧会に足を運んでいました。当時はデパートでもよく展覧会が開かれていたので、遊びの1つのように身近に感じていました。この頃みたミレーの《晩鐘》やダリ展は印象に残っています。大学生の時にロンドンのナショナル・ギャラリーで初めてターナー作品をみまして、とても感銘を受けました。積極的に展覧会に行くようになったのは社会人になってからなんです。国内外の出張の合間に美術館へ行くことが増えて。ただ、知識はなくて、いろいろ感じて「すごいなあ、楽しいな」と思うけれど見っぱなし(笑)。とくに感想を書き残したり整理したりはしていませんでした。


――なぜ美術検定を受けようと思われたのですか?


森山 せっかく好きなので、断片的な鑑賞ではなく、作品にもう一歩踏み込みたい、学んでみたいという思いはありました。でも独学だと続かないんです。一時的に本を呼んでおしまい。そんな時に「美術検定」があると知り、合格を1つの目標にして勉強を始めました。



勉強は計画的に。
関連書籍と時間は使い分け


――お仕事の合間を縫って勉強されたと思いますが、勉強方法や試験対策はどうされましたか?


森山 試験が11月なので、1か月くらい前には合格レベルに達することに向けて、今月はこの時代をきちんと勉強しよう、次はここ、という具合に頭の中でイメージして取り組んでいましたね。短期目標でモチベーションを維持する感じです。自宅にいるちょっとした時間を使って教科書(公式テキスト)を読んで流れを頭に入れ、通勤電車の中で問題集を解いて到達度を測る。これを繰り返しました。


――なんと手堅い勉強方法でしょう! ところで、森山さんはもともと西洋美術の作品は実際に多くみていらっしゃいますが、日本美術にご興味はありましたか?


森山 「美術検定」の勉強をするようになって、好きな範囲は広がりました。日本だと東山魁夷と浮世絵、とくに葛飾北斎と歌川広重が好きなんです。北斎と広重はジャポニスムの旗手として西洋美術にすごく影響を与えましたから。そういえば、以前はゴッホやモネが好き、印象派やポスト印象派に興味があると迷わず口にできていましたが、勉強すればするほど好きな作家は誰、と言えなくなりました(笑)。



知識が鑑賞体験にもたらす
変化と広がり


――学ぶほど、好きな作家を断言できなくなる。それはなぜでしょう?


森山 美術史を学んでさまざまな作品をみると、作家がどういう思いでこのような表現をしたのか、表現にどのような工夫を凝らしているか、というようなことがわかるようになりました。各作家のすごさやその時代の作家たちのチャレンジが見えてくる。そうなると、あれもこれもすごいと感動してしまって。普段あまり興味のない作家でも、作品によってはとても素晴らしいものがあるじゃないですか。


――わかります! 知識がついてくると作品をみるポイントが変わりますし、前後の時代の違いも鮮明になりますものね。


森山 知識はひたすら関連書籍などで勉強しましたけれど、並行して、この時代はこんな問題が出ていたということも意識して、展覧会で作品をみていました。すると興味が薄かった領域でも、みればみるほど面白くなるんです。作家や時代のチャレンジを作品で確認できる。私の場合、現代アートは表現にばらつきがあって難しいと思っていましたが、とにかく展覧会に足を運びました。おかげで、今や現代彫刻のガイドまでやっています(笑)。





興味関心を引き出すこと、

「感じる」を丁寧に聴くこと


――現在はアートナビゲーターとして、国立西洋美術館(以下、西美)の建築ツアーガイドやファーレ立川(以下、ファーレ)での解説ガイドをされているとうかがいました。それぞれどのような活動ですか?


森山 どちらもボランディアで、ファーレは市内の全小学校5年生対象にした鑑賞授業「ファーレ立川アート鑑賞教室」のガイドです。ファーレには109点のパブリック・アートがあり、約1時間で30〜40点の作品を子どもたちと一緒に巡って紹介します。西美では、コルビュジエが設計した本館と前庭をグループで巡り、要所要所で解説をしています。こちらは大人の参加者が多いです。


――ガイドをするうえで気をつけていること、対象が大人と子どもと違うことで注意している点などはありますか?


森山 安全面への配慮は場所によって異なりますが、ほかは大人と子どもで変わるということはないと思います。例えば、ファーレ立川の方はパブリック・アートで、作品のある場所が歩道だったり、自転車の通り道だったりするんですね。ですからほかの人たちの通行を妨げないとか、子どもたちの安全確保といった配慮が必要になります。
作品解説では、誰に対しても、あとで「楽しかった、面白かった、来てよかった」と興味を持ってもらえるような伝え方を心がけています。


――興味を引き出す“伝え方”ですか。対象にとってわかりやすい内容や言葉で話すということですか?


森山 それは前提です。西美もファーレも基本的に説明する内容は決まっています。西美ではどのように説明するか、そこに何を加えるかはガイドに任されていて、スタイルはボランティアによってさまざまなんです。こぼれ話をたくさん語る方もいらっしゃる。ただ、初めて来館される方が多いので、私の場合は基本的な事柄や重要なことを「なるほどね」と分かってもらえる、「ここがすごい」と感じてもらえるように説明する、伝え方をすることを重視しています。作り手の意図や時代背景、人生観を理解することで未知の作品にも親近感が生まれますし、「どこがすごいのか」を自分で探して共有する姿勢が関心を深めると思っているからです。

――ほかに心がけていることはありますか?

森山 参加者が感じたことを丁寧に聴くことはとても大切にしています。作品も建築も何か「感じる」ってすごく大事です。とくに子どもたちが感じたことは本当に大事で、ファーレでは時間がかかってもしっかり聴きます。その分はほかのところで調整する(笑)。


――森山さんは美術検定協会主催のオンラインプログラム「A picture」*にもご登壇くださっています。そこで提案される鑑賞方法には、例えば尾形光琳の《紅白梅図屏風》を男女関係や上下関係になぞらえて作品を読み解く、ストーリーテリングの手法で作品の中へ誘うなど、バリエーションがあって自然に作品に興味が持てるよう工夫されています。これらのアイデアは一体どこから来ているのでしょう?


森山 作品について調べていくと、いろいろな解釈や視点に遭遇します。その中に、「これは使えそう」とピピっとくるものがあるんですよ。それを蓄積して、参加者の感じ方を引き出すワークや場づくりに応用しています。


――必要な時に取り出せる引き出しを増やすことが大切、ということですね。先ほどおっしゃった自発的な鑑賞を促す姿勢ともつながるようです。



人類の「表現のチャレンジ史」

それが美術史です


――森山さんにとって美術史や美術史学習の意義はどんなところにありますか?


森山 美術史って人類の「表現のチャレンジの歴史」だと考えているんです。美術史を知ると、前後の時代と表現を比較して、その作家の何がすごいか、何をしようとしているかがわかります。実際に作品をみると、文字情報だけではわからない「どういうところに工夫があるのか、今までとどこ違うのか」という点が視覚的に理解できるんです。作家たちの対象への見方にはっとさせられ、どのようにみせるか、感じさせるかのための工夫をはじめ、さまざまな表現のすごさに心を動かされる。作家たちは「こうじゃないと」という思考を超えていく。これは学んで無駄なことなどありません。


――美術史学習や作品鑑賞が、普段の考え方にも影響しているということですか?


森山 作家たちのチャレンジをみていると「誰もが枠を外して考えることが可能である、許される」と思えるようになりました。このことは、物事をブレークスルーするために重要な思考です。仕事にも生活にもとても役立つこの思考を、私は美術史から学びました。
話は変わりますが、最近、私は絵を描くようになりまして。技術はないんですけど(笑)。でも、頭の中にある作家たちの表現と目の前の景色がリンクして、今回は「◯◯風のタッチで」「あの作家の青色を使って」表現してみたいな欲が溢れてくるようになってきて……。表現してみると自分のものの見方や感じ方がどれだけ作家たちに影響を受けているかを実感します。



――なんと美術史を学んで、制作意欲まで湧いてきたんですね。




森山 最近、もう1つ始めたのがYouTubeで「名画を読む」動画をアップすることです。今までみてきた作品や調べてきた作家について、整理して記録として残して、アートが好きな人とシェアしたいなと考えて始めました。アートをみること、学ぶことは、自分の毎日に本当にいい作用をもたらしていると思います。


――本日は、興味深いお話をありがとうございました。


*「A picture」=アートナビゲーターがプレゼンテーターとなり、1点のアート作品について、拡大してみたり、比べてみたり、あるいは作品が制作されたバックグラウンドに触れたりしながら、その魅力を参加者と共有するオンラインプログラム。



もりやま・ひろき

医療機器メーカー勤務
大学では機械工学を専攻。社会人になってから、本格的にアート鑑賞に興味を持ち、国内外の出張先で時間をつくっては美術館を巡るようになった。2016年に美術検定3級に挑戦、1級は何度かチャレンジの末2022年に合格。現在では、国立西洋美術館の建築ガイド、ファーレ立川で鑑賞ツアーガイドを務める。また、美術検定主催のオンラインプログラム「A picture」のレギュラー登壇者としても活躍中。印象派、ポスト印象派、ルネサンス、浮世絵まで幅広い作品を深い洞察力と豊かな知識で、参加者を作品世界へと誘う語り口に定評がある。最近、YouTubeにて「名画を読む」動画を配信中。
URL: https://www.youtube.com/@%E5%90%8D%E7%94%BB%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%80


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