アートの世界は広く、歴史は長いけれど、 すべて自分の足元にある「いま、ここ」につながる (瀬尾真理子さん)
- bijutsukenteiweb
- 8月29日
- 読了時間: 9分
瀬尾真理子さん
(フリーランスの企画編集・ライター)
2022年1級合格/アートナビゲーターに認定

ビジネス×アートに可能性を感じ
改めて美術の学びにチャレンジ
――瀬尾さんは現在フリーランスの編集・ライターとして活躍されていますが、本業のかたわら対話型鑑賞のサロンなども主宰されています。大学でも美術を専攻されていたんですね。
瀬尾 はい、教育学部の美術科で、大学・大学院を通じて実技も歴史も幅広く勉強しました。昔から鑑賞教育に興味があって、修士論文は「現代美術の鑑賞」というものが美術教育の歴史の中でどう扱われてきたのか、ということについて書きました。ただ社会人になってからは一切で。そこから十数年の空白が・・
ーー改めて美術を勉強してみようと思ったのには、なにかきっかけがあったんですか?
瀬尾 それが、2018年ぐらいから、ビジネス文脈で「アート」や「美意識」という言葉を聞くようになったんですよ。仕事で様々な企業に訪問する機会があるんですが、ある時突然、ビジネスパーソンの口から「アート」とか「美意識」とかいう言葉が出るようになって。で、おおって思ったんですよね。しかも、世間話の中で「私、実は美術教育や鑑賞の勉強を昔していたんですよ」と話すと、「対話型鑑賞ですか」って聞かれることが2回ぐらい続いたんです。 当時、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(山口周著)という本が出てアートへの注目度があがってきたり、対話型鑑賞がちょっとずつ話題になり始めてたんです。 それで、あれ、これもしかして私の持っている知識とか経験がなにか活かせるんじゃないかなと思って。ビジネスの場での経験と、美術教育や鑑賞の知識を掛け合わせて、世の中に活きるようなことがあるんじゃないかってぼんやり考え始めて。 さらにいろいろ調べていたら、「アートナビゲーター」っていう肩書きを持って活動している人がいてどうやら「美術検定」の合格者のようだということに気がついたんです。
ーーよくぞ美術検定の存在に気がついていただきました。
瀬尾 「アートナビゲーター」ってなんかキャッチーでいいじゃないですか。勉強し直すにあたって、目標があるっていうのもすごく良かったです。それにタイミングもよかった。2020年はコロナ禍でいろんなことがキャンセルになってしまったこともあり、時間ができたんです。子供もだいぶ手が離れてきた頃で余裕ができたっていうのもあって、「これは美術検定を受けてみるか!」と。
ーー2020年は美術検定もコロナ禍がきっかけで、会場試験からオンライン試験に移行したタイミングでした。
瀬尾 そういえば、オンライン試験だったから受けられたというのもあるんです。家族旅行の日程がどうしてもずらせなくて試験日と重なってしまって。旅行中「2時間だけ1人にさせて!」と言って、カフェにパソコンを持ち込んで受けたんです。
ーーおお!確かにオンラインならそんな受験もありですね。2級からチャレンジされたということですが、いかがでしたか?
瀬尾 私、美術史については学生時代の蓄積がそれなりにあるはずだと思って、2級からチャレンジしたんですけど、2級ってすごく範囲が広いじゃないですか。なので、あまり馴染みのなかった分野も結構ありました。どっちかというとそれまで西洋の現代美術が好きで、日本美術はそこまで知らなかったですし、建築とかデザインとかも勉強しなきゃならなくて。 それで受けたら、難しくて‥自己採点したら、60点いくかいかないかぐらいで。もうこれはダメだと思って。受けるって誰にも言ってなかったんで、もう黙っていようと思ってたら、思いがけず受かってました(笑)
ーー2級は範囲が広いですからね。専門で勉強してきた方でも難しいかもしれません。1級の対策でやって良かったことはありますか。
瀬尾 過去問を中心に対策しましたが、やっぱり時事的なものをチェックしないとなと思って、雑誌やウェブマガジンで文化行政や美術館を巡るトピックを調べました。 あと、文化庁のページもみてみたりとか。自信はあまりなかったですけれど、普段、企画や文章を書く仕事をしているのは有利だったかなと思います。
アートがライフワークとして
自分の中に位置づけられた
ーー合格してからご自身の中で何か変わったことってありましたか。
瀬尾 家族の中で、「アートに詳しい人」として一目置かれるようになりました。夫や娘たちとも展覧会に行くようになって、結構一緒に行くのを楽しんでくれています。 それからアートナビゲーターになった時点で、やっぱりアートに関して何か活動をしたいというのはありました。アートに関することがライフワークとして自分の中に位置づけられた感じがあります。それまではアートは趣味の範疇でした。別の仕事をしていて子供もいてという中で、展覧会に行くのはどこか遠慮があったんです。けれど、自分の中でこれは私の仕事というふうに位置づけられたので、かなり大手を振って行くようになったかなというのがあります。美術に関する本を読んだりするのも、一時的な試験対策ではなく、ずっとやっていくものというふうに意識が変わりました。
ーー美術検定でアートナビゲーターになったことが、ゴールではなくスタート地点になったと。
瀬尾 そう、美術検定を受けて、いかに自分が何も知らないかっていうことに気づくんです。勉強しようっていうモチベーションにもなりますし。アートナビゲーターですって言った時に、美術に詳しい人って思われるわけじゃないですか。でも実は分からないことがいっぱいあるので、もっともっと知りたいなっていう願望が出てきました。
アートはわからなくても
面白いって知ってほしい
ーーアート鑑賞サロンのファシリテーターをされているそうですが、どんな活動なのでしょうか。
瀬尾 地元の図書館でやるアート鑑賞サロンは2024年に初めて企画し、それから継続的に行っています。1級を取得したのは2022年なので、少し時間が空いているのですが、対話型鑑賞の集中セミナーを受けたり、さらに勉強もして、そこから動き出したという感じです。 2ヶ月に1回の社会人向けのイベントですが、夏は子供向けのものをやったりも。図書館にある大型の美術全集をプロジェクターに映してみんなで鑑賞し、関連図書の紹介などもしています。図書館の方が広報や選書に協力してくださっていて、図書館の本の活用にもつながる、そんな感じの共同プロジェクトです。作品は近隣でやっている展覧会に絡めて選んでいます。「実は今近くでこんなのがやってるよ」と紹介することで、美術館にも行って本物をみてもらえたらいいなと思っています。

ーーなるほど。鑑賞サロンを入り口に、図書館にも美術館にも興味を持ってもらえるんですね。
瀬尾 それに、図書館でやってるとね、作品や作者に関連した情報っていくらでもその場で調べられたりするんですよ。アートを入り口にして、その先のいろんなことに興味を持ってくれたらいいなと思っています。
ーーほかに心がけていることはありますか。
瀬尾 参加者の方にしっかり作品をみてほしい、自分で発見する楽しみを感じてほしいっていう思いがあります。私は、ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー(VTS)*というメソッドに共感していて、鑑賞者が自分でよくみて、疑問を持って考えたり話したりすることが、鑑賞する力につながるという考え方なんです。質問することで、参加者の方の考えや気付きを沢山話してもらって、最後にちょこっと解説するみたいな、そんな流れでやっています。知識がなくても、いろいろなところをよくみれば気づけるんだっていうことを知ってほしい。わからないから面白くないって思ってる方多いと思うんですけど、でも実は、わからなくても面白いんだよと。で、わかるともっと面白くなるよ。と、そういうふうにつなげていきたいなと思っています。
*ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー=1980年代ニューヨーク近代美術館(MOMA)で考案された美術鑑賞法。予備知識を入れないでアート作品を鑑賞することで、思考力や観察力が育まれることがアメリカの教育現場で実証されている。
ーー自分でみれるっていう自信がつくと、美術館へ行くハードルも低くなりますね。
瀬尾 はい、今後はシニア、教育者、企業向けなど、色々な方を対象にやっていきたいです。そしてゆくゆくは仕事で身に付けたスキルを活かして、対話型鑑賞に関するWebメディアを立ち上げたいという野望があります。最近、社会的処方・文化的処方*にも関心があり、アート鑑賞を通じた社会的なつながり作りなどの活動にもチカラを入れていきたいと思っています。
*文化的処方*=文化活動を「健康に欠かせない要素」ととらえ、孤独や孤立を遠ざけ、健やかな生活を支える考え方であり、実践の仕組み。
「いま、ここ」につながる
アートの魅力
――瀬尾さんにとって美術を学ぶことの醍醐味はどんなところにありますか。
瀬尾 そうですね。美術の学習をしていると、作品の背景にある社会に興味が湧いてきます。美術史を理解しようと思ったら、結局歴史が分からないと美術史が分からないみたいなことがあって。美術を介して、社会、政治、思想‥と視野や興味の範囲が広がった感じがします。 それで、今までだったら足を運ばなかったジャンルの展覧会にも行くようになりました。で、行ったら楽しいって気がつくみたいな。ジャンルって結構つながってるじゃないですか。例えば、美術と建築のつながりは顕著だったりします。知っていくにつれて、最初はバラバラに存在していた知識がどんどんリンクしていく面白さを味わえます。アートの世界は広く、歴史は長いけれど、すべて自分の足元にある「いま、ここ」につながってきます。
――とても共感します。活動を通じてその面白さが様々な人に伝わっていくといいですね。
瀬尾 自分が今、美術館や展覧会で様々な作品をみることができるっていうことは、すごくありがたいことだなと思っています。ですが、みんなが美術に興味を持たなければ、どんどんこの豊かさはなくなってしまうでしょう。文化・芸術をめぐる行政などについても問題意識を持って、この権利を守らなければいけない。どうしたら残せるのか考え続けなきゃ、行動しなきゃいけないと思っています。
――貴重なお話をありがとうございました。
せお・まりこ
フリーランスの編集者、ライター。企業の広報・マーケティング部門向けにコンサルティングやWebコンテンツの企画提案も行っている。また、2024年より「アートナビゲーターTetoMeto」名義で、明石市立図書館にて社会人向けや子ども向けのアート鑑賞サロンを定期的に開催。まちづくり活動のボランティアなどにも従事している。美術との出会いは中学生の頃。旅行で訪れたDIC川村記念美術館でマン・レイやコーネルの作品が中二心に刺さり(笑)、ダダやシュルレアリスムにハマる。大学は教育学部美術科に進学。大学院生の頃、話題になっていたアメリア・アレナスの著書『なぜ、これがアートなの?』で対話型鑑賞教育に出会い感銘を受ける。
*アートナビゲーターTetoMeto https://www.instagram.com/tetometo.art/




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