美術史を学ぶと人間の営みがわかる。ひとの愚かさが愛おしくなる。だからこそアートは楽しい(琴見ゆりさん)
- bijutsukenteiweb
- 8月13日
- 読了時間: 10分
更新日:8月19日
琴見ゆりさん
(アート✕色彩に関わるカルチャー講師)
2021年1級合格/アートナビゲーターに認定

セカンドキャリアをブーストした
アートナビゲーター資格
――琴見さんは、長らく色彩関連の講師や美術講座などの講師をされていますし、大学院で美術史を専攻されていたとうかがっています。なぜ美術検定にご興味を持ってくださったのでしょう?
琴見 講師業はセカンドキャリアなんです。大学院時代は学芸員を目指していたのですが、就職氷河期のうえ、学芸員は本当に狭き門でして。しばらく就職浪人をしたのち、アパレルブランド企業に入社し、営業畑を歩いていました。ただ、短期間に全国転勤を繰り返す不定休の仕事で、結婚・出産を経てワークライフバランスを考えざるを得なくなりました。そんな時に知人からアドバイスをいただいて、アパレルでの経験が活かせる色彩検定を受け、検定やパーソナルカラーの講師になったんです。
――そうでしたか。では、講師業はいつ始められたのですか?
琴見 2017年に開業届を出したので、もう10年になりますね。その頃、初心者向けの「美術史」や「美術鑑賞」を教えてほしいという要望をスクール側から受けまして、「カラーコーディネーター」という立ち位置で美術史やアート鑑賞の講座も担当するようになりました。スクールさんによると、当時、色彩の講師陣に美術に詳しい方がいなくて、大学の偉い先生をお呼びするしかなかったそうで(笑)。

――今や大学や企業、自治体と本当にさまざまなところで講師をなさっています。美術検定はフリーランスになった後に受験されたんですよね?
琴見 はい、2020年に初めて2級を受けました。受験理由の1つは、コロナ禍で時間ができたこともあり、検定を受けることで自分の偏った美術の知識を体系立てて整理したいなと思いました。通史は一応網羅しているものの、日本美術は全然で……。もう1つの理由は、アートを教えるのに肩書がほしかったこと。美術史学会はとっくに辞めていましたし、やはり1級に受かれば「アートナビゲーター」と自信を持って名乗って講座ができるなと思ったんです。
――「アートナビゲーター」を肩書として使ってくださるのは、わたしたちにもとても嬉しいことなのです。でも、専門的に勉強されていても美術の講師と名乗るのは難しいものですか?
琴見 もう美術史研究から離れて10数年たっていますから、美術史家なんて名乗れません。本流の人たちと同じ舞台に立てないので、そういう意味でも「アートナビゲーター」としてアートの講座を持つことは、教授たちとは立ち位置が違う証明にもなります。実は、お世話になった教授にもこんな立場で講師をやらせていただいています、と報告しているんですよ。
美術史は歴史を映す鏡。
ひとの愚かさが愛おしくなる
――長らく美術史を学ばれてきた琴見さんにとって、美術そのもの、あるいは美術史を学ぶことについて、どんな意義があるとお考えでしょう?
琴見 美術作品は歴史としてみた時、歴史そのものを映す鏡だと思うんです。政治も経済もビジュアルとして目の前に残っている、それがアートだと。そのアートや歴史を学んでいると、人間が同じことを繰り返していることがわかります。昔も今も同じような病があったり、戦争を繰り返したり。例えば画家個人もいろいろな苦悩をもとに絵を描いていますが、恋の悩みだったり、家族の問題だったり、人間の悩みって何年、何百年たっても同じだなあって、絵を通して改めて感じるんですよ。だからますます面白くなってしまって、もっともっと知りたくなってしまう。これが、私が美術史を飽きずに学び続けている理由かなと思います。
――アートは人の変わらなさを示すもの、ですか。
琴見 はい。作品をよくよくみていくと、何千年も何百年も昔の人も、今の人とやっていることは変わらない……なんと言いますか、人間の業と言いますか……かたちは多少変わったとしても、本質は変わっていない。それを学習しないではなく、面白いなって感じるんです。もう人間って愚か! その愚かなものだな、というのが面白いんです。
――愚かさゆえの愛おしさみたいなものでしょうか。
琴見 まさにそう! 人間って愛おしいなって。文献で、例えば「この時期ペストが流行りました、何万人が亡くなり国の人口は半分になりました」と読むより、その時期の絵――悪魔が街や人を襲っているような絵、マリア様に祈っている絵とか――そういったものがビジュアルとして残っていると、過去の事象をより身近に感じますよね。だから、私は歴史も好きなのですが、歴史学ではなく美術史を選んだと思うんです。
――確かに文字情報で説明されるより、絵1枚からの方が実感を伴います。
琴見 美術の「ビジュアルの力」はすごい。私は哲学科の中で美術史を学びましたが、哲学系の芸術史の授業には興味が湧かなくて寝ていました。文献を読むのがきらいで(笑)。キリスト教美術の始まりは、聖書を読めない人たちにマリア様やキリスト様を絵にして物語を伝えることじゃないですか。これこそアートが発展した理由で、言葉で伝えるのが難しい部分がビジュアルなら伝わるというところ、ここに魅力を感じています。
美術史学習のコツは
ビジュアルの力、五感
――美術史の学び方にも「ビジュアルの力」は関係ありますか?
琴見 私は美術検定の勉強では、『公式テキスト』だけではなくて、テキストに出てくる画家や作品を必ずインターネットでカラーの画像を検索して、ビジュアルで覚えるようにしていましたよ。コロナ禍でしたが、実物を見に行けるなら行って、今まで買った図録も引っ張り出してみる、という感じでした。あとは、次にこの美術館に行ってみたいな、この国でこの画家の作品を鑑賞してみたいな、という妄想をふくらませながら覚えていたかと。
――ビジュアルで覚えるというは1つの学び方ですよね。さらに妄想も大切かもしれませんね。
琴見 せっかく美術という楽しいことを学ぶので、「試験勉強」だからとテキストを覚えるのではなく、「アートを楽しむ気持ち」を忘れないことをおすすめします。何より、アートは五感で楽しむものだと思っていまして。実際に美術館に行って目で楽しみ、美術館の空間やそこまでの道のり、匂いや風景、そこのカフェで食べた美味しいもの、そういったもの全てがアート体験だと思っています。私はこのように楽しんでいまして、勉強と思わずに、全身でアートを楽しむことがイチオシです。
――ちなみに、琴見さんのおっしゃる道のりや風景まで楽しめるようなおすすめの美術館は?
琴見 私は関西なので、断然、アサヒグループ大山崎山荘美術館です。道中から四季折々の植物や自然が彩る景色が楽しめますし、建築は一級品。必ずコラボスイーツをいただきます。五感すべてを満たしてくれる美術館です。山を登り始めると、もう別世界なんですよ。
講師業はサービス業。
「楽しんでもらう」が基本
――アートナビゲーターとしての活動についてお尋ねします。琴見さんの場合はスクールや自治体など現場が多様で、生徒層によって違うとは思いますが、講師として気をつけていることはありますか?
琴見 美術史というと、堅苦しく難しくとらえられがちですよね。私の講座では例えば作家のエピソードのように親しみやすい内容を、楽しく笑いを交えて伝えるようなことを心がけています。笑いをとるのは必須です(笑)。
――それは関西人のならいですかね(笑)。
琴見 ちゃんとボケとツッコミが成り立っていないと受け入れてもらえない(笑)。つかみはコレを持ってきて、オチはこれで、という構成は毎回考えてやっております。
生徒さんに女性、とくにミセスが多いので、例えばお隣同士で「この絵をみてどう思うか、ちょっと話し合ってみてください」といった、生徒間で対話が生まれるような雰囲気づくりや進行をします。大人数の講座でも「私もこの絵が好きなの」とか「うんうん、私もいいと思っていたのよ」とか、生徒さんの間でやりとりが起きるように導き、「聞くだけ」の講座にしないようにしていますね。
――実際に笑いや対話が生まれる場を設えるのは、かなり難しく感じますが、どのようにつくり込むのですか?
琴見 高校・大学時代は演劇部でして(笑)、まず人を引きつけて観客に戻すようなメソッドはなんとなく自分の中にあるんです。割と自分も楽しんで、演者として講座を楽しんでいる感じですか。面白いグループがあればいじりに行ったり、茶々を入れたり。「今、いいこと言いましたよ、この方」みたいな、本当にライブ感覚です。
――ライブ感覚ですか。生徒さんの間に盛り上がる空気が生まれそうですね。講師とは、ある意味「演者」のような要素があるといいますか、自分とは違う人格でやっていたりしますか?
琴見 そうです、そうです。たまたま、最初に講師業を教わった時に言われたことが「講師はサービス業です。学校の先生とは違います」ということでした。いかに楽しんでもらうかを考えて講座をつくりなさい、とおっしゃる先生でして、私の性格にも合っていたのかもしれません。アパレル時代もサービス業でしたし、ずっとサービス業を続けている自覚があります。講座では知識を教えるのではなく、「人に楽しんでもらう」ことがベースにあるのかなとも思いますね。私の場合はとくに、好きが溢れているのを楽しんでもらうような(笑)。

美術館で一緒に作品を鑑賞し
語り合うことを大切にしたい
――好きが溢れる講座、それはすてきです。そんな琴見さんは今後、アートナビゲーターとしてやってみたいことはありますか?
琴見 お客様や受講生のみなさん、アート好きの仲間と現場で本物の作品を鑑賞して語り合うのが一番好きなんです。目標としては、海外の美術館を生徒さんと一緒に回って楽しみたい。これのここがいいね、とか、本物は違うよね、とか言い合いながら生徒さんたちと楽しむ活動を広げて活きたいなと思っています。実は今年の9月にある公的機関からフランスツアーに同行して語る依頼をいただいているのですが、ヨーロッパの情勢次第で実現できるかどうか、というところなんです。
――国内ではすでに実行されていますよね?
琴見 大塚国際美術館へのバスツアーを年に1〜2回、やっています。ただ、インカムを使わなければいけないなどの制限がいろいろありまして。国内の美術館は、ガイドも含め外部から団体で行って自由に語り合うツアーについて、正式に依頼をしてもなかなか許可が降りません。ハードルが高いんですよ。
――残念ですけれども……。現場でみると言えば、琴見さんはSNSの発信もなさっていますね。
琴見 はい、活動の1つとして、アートナビゲーターになる前からInstagramに美術館へ行った感想などを投稿しています。もう7年ぐらいですか。そしたら、いろいろな方がコメントをくださるようになって、私の投稿をみて「行ってみました」「よかったです」、そういった反応がすっごく嬉しくて。さらにアートナビゲーターになって、少し専門的なこともアップするようになったらフォロワーも増えて、内覧会に来てくださいという依頼がPR会社さんや美術館さんから来るようになりました。
――立派なインスタグラマー!
琴見 今まで自分でみて楽しんできた美術館を、言葉にすることによって、これだけ人に影響に与えるのかと気づきました。いろいろなインスタグラマーさんやフォロワーさんと横のつながりができて、個人的に楽しんできたアート鑑賞の世界が、グッと広がったこと。そして、今も楽しく続けていることは重要だなと思っています。SNSから広がる世界がある、その先があるという感じがします。
――SNSから広がる世界は興味深いですし、アートナビゲーターさんが挑戦しやすい活動かもしれませんね。本日は、ありがとうございました。
ことみ・ゆり
色彩検定講座や色育、美術鑑賞、美術史講座などのフリーランス講師。大学、専門学校、企業、自治体など幅広いクライアントから依頼を受ける。大学院修了後、アパレル・ブランドの営業職を16年間務め、結婚・出産を経てフリーランス講師へ転身。高校時代は美術部で絵を描こうと思っていたが、周りのレベルの高さに挫折。演劇部で舞台美術をしようと思ったら、「人数足りひんから演者やって〜」と先輩から言われて、仕方なくやった役者にハマってしまった。絵を描くのを諦めて読んだ、高階秀爾の名著『絵画を見る眼』で美術史にハマった。「絵描きを諦めてよかったみたいです」(本人談)。




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