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CINEMAウォッチ「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」

更新日:2020年4月15日

こんにちは。アートナビゲーターの深津優希です。美術館ドキュメンタリーや史実に基づく作家のドラマなどの映画が多い中、アートが出てくるフィクションで面白いものに久しぶりに出会えました。フィンランドを代表する監督と称されるクラウス・ハロによる「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」です。フィンランドの国立アテネウム美術館や現地のギャラリーの協力のもと、ある美術商と、その人生の終わりを飾る出来事を描いています。





年老いた美術商とその娘、そして孫の物語 主人公オラヴィは、家庭を顧みず仕事優先で生きてきた美術商。ある日、音信不通だった娘から連絡があり、孫の職業体験を引き受けて欲しいと頼まれます。最初は乗り気でなかったオラヴィでしたが、孫のオットーだってたいして興味もない美術商の店番にそう一生懸命なわけがありません。ところが、とある作品に関する調査を通してふたりは意気投合します。その作品とは、オークションに出品された作者不詳の肖像画でした。オラヴィは一目でピンときて名画だと信じ、作者名などが証明できれば高く転売できるからと調査に乗り出すのです。証拠をつかみ、すべりこんだオークションで入札するも思わぬ高額に…!お金、仕事、家族、人生、男のロマン。スクリーンに映し出される一人の美術商の物語に、思わず身を乗り出して入り込んでしまいました。 名画の正体は? オラヴィとオットーが調査していた作品の作者として浮かび上がってくるのが、ロシアの巨匠イリヤ・レーピン。レーピンといえば、2012年にBunkamuraザ・ミュージアムで見た「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」が印象に残っています。ロシア革命に至る激動の時代を生きた写実主義の画家は、《休息―妻ヴェーラ・レーピナの肖像》ではアームチェアで居眠りするあどけない表情の妻を描き、《皇女ソフィヤ》では怒りに燃える恐ろしい表情を描くなど、洞察力と表現力に長けていました。そんなレーピンがなぜ、この肖像画にはサインをしなかったのか? その理由は、映画の終わり近くに明かされます。描かれた人物が誰なのか、何のために描かれたのか。ぜひ考えながら見てみてくださいね。 (映画に出てくる肖像画は実際のレーピン作品ではありませんが、同種の作品は存在します。) フィンランドという国のこと 東のロシアと西のスウェーデンという大国に挟まれた小さな国、フィンランド。センチメンタルで悲観的な国民性はロシアのそれに近く、スウェーデンはもっとオープンな感じだそうです。北欧の文化やインテリアなどが日本においてブームをこえて定番化しつつあるにもかかわらず、それぞれの国の違いをあまり分かっていなかったなあ、と実感しました。さらに、フィンランドの中でもオラヴィの住むヘルシンキ中心部は、画廊が軒を連ねたり、古くからの老舗パン屋にシナモンロールが並んでいたり、と訪れてみたくなります。映画の終盤に、オラヴィが店を若手に譲る場面があり「事業譲渡なら賃貸契約を引き継げて家賃があがらない」という台詞がでてきます。つまり若い人が新たに店を借りるには家賃も高く厳しいのだな、ということが分かります。一方、娘や孫の住む郊外はというと、バスを降りたら荒涼とした地に団地がぽつん…。中心地に住めないシングルマザーの娘と孫の暮らしが思い浮かびますが、オラヴィはそのあたり無頓着なのですよね。世代の差と、地域の差と、フィンランドに限らずどこにでもある問題かもしれませんが、それらがひとつの家族を通して見えてくるのです。 2月28日(金)の劇場公開までまだ時間があるので、フィンランドのことやレーピンのことをすこし知っておくと、映画をより楽しめるかもしれません。検索が楽しいのって、こういう時ですね。 ◆映画公式サイト 「ラスト・ディール  美術商と名前を失くした肖像」 https://lastdeal-movie.com/ プロフィール 美術館ガイド、ワークショップ企画、美術講座講師、執筆などを通して、アートと観る人をつなぐ活動をしています。このブログでは、アートが題材となった映画をご紹介しています。

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