みなさんこんにちは、アートナビゲーターの深津優希です。
みなさんの好きなアーティストは誰ですか?一人だけあげるとしたら?
好きな画家を聞かれたら、私はピエール・ボナール(1867~1947)と答えてきました。「日本かぶれのナビ」で「アンティミスト」のボナールが描くあたたかでおだやかな作品は、いつ見ても良いなあと思います。
今回紹介する映画は、マルタン・プロヴォ監督による『画家ボナール ピエールとマルト』(2024年9月20日公開)です。ボナールと彼のミューズ、マルトの関係を描いた本作、横浜フランス映画祭2024で映画祭唯一の賞「観客賞」を受賞したそうです 。
これは見逃せないし、CINEMAウォッチで紹介しなくっちゃ!ですよね。
画家とモデル
映画は、若い女性(セシル・ドゥ・フランス演)がパリの街で声をかけられ画家ピエール・ボナール(ヴァンサン・マケーニュ演)の部屋に来て、モデルとしてポーズを取っているシーンから始まります。画家とモデルというありきたりの出会いのようですが、彼女が名乗った“マルト”とは本当の名前ではありませんでした。語った生い立ちも、年齢も、全て嘘。実際の境遇から逃れて、ただの自分になるための嘘だったのかもしれません。ボナールが生涯で描いた2000点に及ぶ作品の3分の1には、そんなミステリアスなマルトが登場するとか。
食卓やお風呂など家の中に女性がいるあたたかな印象の絵画は、ボナールが「アンティミスト(親密派)」と呼ばれる所以でもあります。私は動物が好きなので、彼の絵の中に犬や猫がよく登場するのも見どころだと思っていますが、映画にもダックスフントが2匹登場します♡
もう一人のモデル
ボナールは女性がたらいや浴槽をつかっている場面をよく描きました。マルトが実際にお風呂によく入っていたことも理由の一つですが、実はもう一つ、浴槽にまつわる衝撃的な出来事がありました。
ボナールはマルトと一緒に暮らしていましたが、結婚はせず、子どももいませんでした。ある時、ボナールは金髪の若い女性ルネ(ステイシー・マーティン演)との距離を縮め、マルトを置いてルネと二人でローマへ行ってしまいます。しかし、ローマに滞在するうち、やはりマルトじゃないとだめだ!と、マルトの元に帰りついに結婚(この時点で出会いから32年経過!)。一方、ルネは浴槽で自殺し、ボナールは罪の意識を抱えて生きることになるのです...。穏やかばかりではないのが人生ですが、あのあたたかい絵画の裏にこうしたエピソードがあることを知ると、びっくりする方もいるかもしれません。
ナビ派とは?アンティミストとは?
少しだけ、美術検定の勉強もしておきましょう。
ナビ派は、ポール・セリュジエが憧れのポール・ゴーギャンから指導を受けて描いた絵画《タリスマン》をきっかけに、アカデミー・ジュリアンの若い画家たちが結成したグループ(ナビは預言者の意味)。見たままを写すように描くのではなく、見て感じた印象を画面上に構成するのが特徴です。メンバーにはセリュジエの他、エドゥアール・ヴュイヤール、モーリス・ドニらとともにピエール・ボナールもいました。日本美術から大きな影響を受けたボナールは「日本かぶれのナビ」とも呼ばれました。
では、アンティミスト(親密派)とは?家の中の暮らしの様子など身近なモチーフに、気持ちをのせて描く絵画とでも言いましょうか。
映画には、印象派のクロード・モネとボナールが睡蓮の話をする場面など、周辺の画家たちも登場しますよ。
実際にボナールの絵を見るなら
2018年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」は、ボナールの絵画作品、デザインの仕事、写真などをまとめて見るとても良い機会でした。
そこまでまとまった数ではなくても、企画展にナビ派の作品が出ていることは多いですし、所蔵品展でも見ることができます。例えば現在、大坂中之島美術館で開催中の「パリ・東京・大坂 モダンアート・コレクション」(2024年12月8日まで)では、映画に登場し、ポスターでも使われているボナールの作品《昼食》(パリ市立近代美術館蔵)が来日しています。[MOユ1] また、国立西洋美術館の《坐る娘と兎》、東京国立近代美術館の《プロヴァンス風景》(2024年12月22日まで展示中)、アーティゾン美術館の《ヴェルノン付近の風景》、ポーラ美術館の《浴槽、ブルーのハーモニー》、三菱一号館美術館の『レスタンプ・オリジナル』など、ぜひ、常設作品は、展示期間をチェックして実物を見にお出かけください
そしてボナールの作品の向こうにある、彼とマルトの人生を、ぜひ映画を通してご覧ください。
★横浜フランス映画祭2024 観客賞受賞
★第76回カンヌ国際映画祭 カンヌ・プルミエール正式出品
本国初登場フランス映画1位(2024年1月10日公開)
監督:マルタン・プロヴォ
出演:セシル・ドゥ・フランス、ヴァンサン・マケーニュ、ステイシー・マーティン、アヌーク・グランベール、アンドレ・マルコン
2023年/フランス/123分/1:1.85/5.1ch/原題:BONNARD Pierre et Marthe
🄫2023 - Les Films du Kiosque - France 3 Cinéma - Umedia - Volapuk
字幕:松岡葉子
公式サイト:http://bpm.onlyhearts.co.jp
配給:オンリー・ハーツ
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
プロフィール/美術館ガイド、ワークショップ企画、美術講座講師、執筆などを通して、アートと観る人をつなぐ活動をしています。コロナ禍ではオンラインの鑑賞プログラムや、動画による作品紹介なども。このブログでは、アートが題材となった映画をご紹介しています。
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