top of page

アートナビゲーター・レポート 特別展「イサム・ノグチ 発見の道」

更新日:2021年10月15日

 こんにちは、アートナビゲーターの菊池有紀です。東京では新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、4月25日より3回目の緊急事態宣言が発令され、美術館も休館を余儀なくされました。今回はそのような状況下で開幕した、東京都美術館での特別展「イサム・ ノグチ 発見の道」をご紹介します。



 20世紀を代表する日系アメリカ人の芸術家、イサム・ノグチ。その創作の足跡をたどる特別展「イサム・ ノグチ 発見の道」はもともと2020年秋に開催の予定でしたが、コロナ禍の影響により2021年春まで延期となりました。ようやく4月24日から開催となったものの、緊急事態宣言の発令により25日から5月31日まで臨時休室となり、6月1日から再開となっています。


 さて、幅広い分野で活躍したイサム・ノグチですが、名前を聞いて思い浮かべるのはやはり石の彫刻。香川県高松市牟礼町にある「イサム・ノグチ庭園美術館」では、多数の石彫作品を鑑賞することができます。入館には往復はがきやメールによる事前予約が必要で、以前訪れた際、美術館というより作家のプライベートアトリエにお邪魔したみたい!と新鮮に感じたことを覚えています。

 その石彫群が同館以外でまとめて展示されるのは、1999年のイサム・ノグチ庭園美術館開館以来この特別展が初めてとのこと。東京の美術館でどのようにみられるのだろう? という興味から足を運びましたが、私にとっても新たな“発見”がありました。


 最初の展示室に入ってまず目に飛び込んでくるのは「あかり」のインスタレーション。中央につるされた150灯の「あかり」による空間演出は、本展のみどころのひとつです。岐阜提灯との出会いから誕生したという「あかり」。ノグチにとっては単なる照明器具ではなく、太陽と月に見立てた「光の彫刻」で、ライフワークとなる作品だったといいます。和紙を通したやわらかな光の明滅を眺め、作品の周りをゆっくり歩きながら、“光そのものが彫刻”というノグチ独自の彫刻哲学に思いを巡らせます。



 日本人の父とアメリカ人の母をもつノグチ。アイデンティティの葛藤に苦しみながらも、父の祖国である日本の伝統や文化からたくさんの影響を受けたといいます。釘やネジを使わない日本伝統の木組みを思わせる「インターロッキング・スカルプチュア」シリーズ、禅の世界を感じさせる彫刻「ヴォイド」。折り紙から着想を得たという金属彫刻群は、「舌」や「びっくり箱」など題材もユニーク。インスピレーションの多彩さに驚かされますし、その遊び心は“抽象彫刻=難解”というイメージを少し変えてくれるものでした。ノグチが情熱を傾けたという遊具彫刻も同様で、「プレイスカルプチュア」は赤の鮮やかさ、波打つ動きの軽やかさに活力が湧いてくるような作品。大人でも思わず近づいて遊びたくなってしまいます。


©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713


 そして、イサム・ノグチ庭園美術館から運ばれた石彫作品たちと対面。「彫刻とはなにか?」を追求し、半世紀にわたって創作活動を続けたノグチが、ようやく発見した独自の表現手法、そしてたどり着いた新境地とは? ぜひその目で確かめてみてほしいのですが、作家が表現したいものを彫り込んで形作っていくものが彫刻だと思っていた私は、“既成概念にとらわれていた自分”を“発見”しました。

 作品を通して作家を知り、自分を知る…アートは自分を映す“鏡”のようでもあり、だからこそ楽しい! そう思います。 


 本展は、コロナ禍の影響もあり日時指定制による入室が推奨されている ため、混み合うことなくゆっくり鑑賞できます。展示室は3フロアにわかれますが、各フロアに仕切りはなく、巨大な空間に作品が点在。自由に回遊できるよう工夫されています。

 章ごとの解説はありますが、作品自体の解説はないため、詳しく知りたい方は音声ガイドがおすすめです。ナビゲーターは、大ヒットアニメ『鬼滅の刃』で煉獄杏寿郎役を演じた声優・日野聡さん。日野さん演じるノグチの真摯な言葉に、思わず聴き入ってしまいます。

 そして今回、音の楽しみはもうひとつ。サカナクションの山口一郎さんによるサウンドツアーでは、ノグチがたどった足跡をもとに、山口さんがセレクトし構成した音楽を聴きながら作品を鑑賞することができます。こうした新しい鑑賞体験ができるのも本展の魅力です。


 また、ノグチ作品が鑑賞できる場所は全国ほかにもありますので、あわせてご紹介します。


 まずは、先ほど紹介した「イサム・ノグチ庭園美術館」。庵治石の産地として知られる香川県牟礼町にノグチが晩年構えたアトリエと住まいは、往時と変わらぬ雰囲気を残しています。この地を愛したノグチの思いや、本展にも出品された石彫のルーツを確かめに訪れたい場所です。

 続いて、神奈川県横浜市にある「こどもの国」。自分の作品が子供たちとアートの出会いの場になってほしい、というノグチの願いが最初に叶ったのがここで、「オクテトラ」などの遊具が残っています。私も幼少の頃、親に連れられ何度となく訪れた場所ですが、まさか知らないうちにノグチ作品に触れていたとは思いもしませんでした。

 そして、北海道札幌市にある「モエレ沼公園」ガラスのピラミッドが印象的なアートパークですが、“全体をひとつの彫刻作品とする”というコンセプトで2005年にオープンした、ノグチ最後の作品です。長年抱き続けたプレイグラウンド構想の集大成は、ノグチの死後ようやく完成したのだと思うと感慨深いものがありますが、入園無料で気軽に楽しめます。


 世界中を旅しながら創作活動を続け、彫刻とそれを取り巻く空間は一体であると考えていたイサム・ノグチ。東京での特別展「イサム・ ノグチ 発見の道」は8月29日までの開催ですが、旅やおでかけ先での鑑賞もまた、私たちにさらなる“発見”をもたらしてくれるかもしれません。本展を通してノグチをさらに学びたい、という方は、いつかぜひ全国各地のノグチ作品を見に訪れてみてください。



■特別展「イサム・ノグチ 発見の道」 https://isamunoguchi.exhibit.jp/

【会期】2021年4月24日(土)~8月29日(日)9:30~17:30(最終入室は30分前まで)

    ※休室日:月曜日(ただし7月26日、8月2日、8月9日は開室)

【場所】東京都美術館 企画展示室 東京都台東区上野公園8-36



プロフィール/ 東京都在住。旅行・ライフスタイル情報を発信する出版社勤務。休日はアート鑑賞をはじめ、観劇、山歩き、酒蔵巡りなどさまざまな趣味を旅と絡めて楽しんでいます。趣味が高じて京都検定1級、世界遺産検定1級取得。美術検定は2020年に1級取得。



 

閲覧数:674回0件のコメント
bottom of page