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CINEMAウォッチ「ゴヤの名画と優しい泥棒」

みなさんこんにちは、アートナビゲーターの深津優希です。

節分もバレンタインデーも過ぎましたが、2022年最初のCINEMAウォッチをお届けします。みなさんの今年の抱負は何ですか? 新しく挑戦したいことはありますか?「美術検定の合格」、という目標の方もきっといますね。わたしは、小学生以来ご無沙汰していたローラースケートを始めました。いまのところ骨折はしていません。新しいことをするのは楽しいですね。


さて今回紹介する映画は、いよいよ明日2月25日より公開の「ゴヤの名画と優しい泥棒」です。先日、ウェブ版美術手帖特別試写会に参加する機会があり、試写後にはアートにも造詣の深い山田五郎さんとウェブ版美術手帖編集長の橋爪勇介さんの楽しいトークも聞けましたので、その様子を交えてお伝えします。



舞台は1961年のイギリス、美術館から名画が盗まれた!?

「ゴヤの名画と優しい泥棒」の舞台は1961年、重工業や造船業で栄えたものの戦後徐々に衰退していた、イギリス北東部のニューカッスル。主人公ケンプトン・バントンは、成果の出ない社会運動や、テレビ局に採用されない脚本の執筆などに夢中で、すぐに仕事もクビになる始末。家にいるお年寄りの唯一の社会とのつながりはテレビなのに、公共放送(BBC)が受信料を取るのはいかがなものかと考えていました。


ある時、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが名画を購入したとのニュースが世間を賑わせます。ケンプトンは、そんな大金があれば多くのお年寄りのテレビ受信料を無料にできると考え、驚きの行動をおこします。美術館から絵を盗み出し、家の洋服ダンスに隠して、「名画を返してほしければテレビ受信料を無料に」と犯行声明を送ったのです!


ロンドン・ナショナル・ギャラリーといえば、ドキュメンタリー映画で「英国の至宝」と称された素晴らしいコレクションを持つ美術館。世界中から年間600万人以上が訪れるそうです。日本でも、2020年コロナのため大幅に会期を変更して開催された「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は記憶に新しいですよね。そこでも展示されていた、フランシスコ・デ・ゴヤによる《ウェリントン公爵》こそが、ケンプトンが盗んだ名画なのでした。


山田五郎さんによればウェリントン侯爵は「とても疲れていた」

映画の原題は「The Duke」(公爵)ですが、この絵のこともモデルのことも映画の中ではほとんど語られませんので、少し補足をしておきましょう。

ウェリントン公爵とは、イギリス人将校アーサー・ウェルズリーのこと。スペイン独立戦争でナポレオン軍を駆逐した英雄です。ゴヤはこの肖像画を1812年にマドリードで描きましたが、その2年後に勲章を一つ描き足しています。公爵はスペイン絵画をイギリスに持ち帰り、イギリスにおけるスペイン絵画再評価のきっかけをつくりました


劇中、美術館がこの絵を収蔵した際の記者会見で、一人の記者が「本当にそんなに価値があるんですか?」と質問するシーンがありました。ケンプトンが自室で絵を眺めて「たいした絵じゃないな」と言う一コマも。おやおや、名画じゃなかったのかな...。



私は東京で開催された展覧会でこの絵を見た際、勲章をつけた衣装から偉いことは理解できたのですが、お顔に力がないと言いますか、ぽーっとしていると言いますか、何しろイギリスの誇る英雄という強い印象を持てませんでした。みなさんはどんな風に感じますか?


これに関して山田五郎さんは、「ウェリントン公爵はね、戦いっぱなしで相当に疲れていたんですよ!」と試写後のトークで力説。確かに、くたびれた表情だったのかもしれませんね。



笑いと涙の裁判シーン、そして家族の物語

すったもんだの後、ケンプトンは白昼美術館を訪れ、作品を返却し捕まりますが、裁判の罪状認否では堂々と無罪を主張します。悪事を働いたのではなく、人々のためにやったことなのだと強い信念を語ります。検事からの質問に答える際は、丁寧ですが明るく楽観的でユーモアが炸裂。法廷内の人々は、はじめこそ苦笑気味でしたが、段々被告を好きになって素直に笑ってしまいます。弁護士はというと、どの証人にも「質問はありません」と繰り返すばかり。はなから勝つ気がないのかと心配に思って映画を見ていたのですが、実はこの人凄腕でした。最後に弁護士が陪審員にむけて語るところでは、わたしも涙ぐんでしまいました。

笑ったり泣いたり忙しい映画です。


ところでケンプトンの妻ドロシーは、家計を支えるために議員の家の掃除をしており、普通に働かない夫に対してずっと辛辣な態度をとっていました。実は、不慮の事故で亡くなった娘のことで、夫婦の間には長いこと溝が出来たままなのでした。しかし夫の拘留中、息子ジャッキーにとある告白をされ(かなり重大な告白ですがここでは秘密にしておきます)、それをきっかけにケンプトンの原稿を読んでみることに。ドロシーはずっと目を背けてきた娘の死に向き合い、行けなかったお墓参りに出かけます。

この映画は、娘を失った悲しみを分かち合えずにいた夫婦が、少しずつ寄り添い始める、そんな家族の物語でもあるのです。ジャッキー、色々とグッジョブ!


「ゴヤの名画と優しい泥棒」は明日25日から公開ですが、事前にロンドン・ナショナル・ギャラリーのことやゴヤのことを映画で見ておくのも良いかもしれませんね。本ブログのバックナンバーもあわせて是非ご覧ください。劇場へは、感染症対策を万全にしておでかけくださいね。


◆映画公式サイト

「ゴヤの名画と優しい泥棒」

2022年2月25日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

配給:ハピネットファントム・スタジオ


◆名画をチェック!

ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵 フランシスコ・デ・ゴヤ《ウェリントン公爵》1812-14年


◆参考(バックナンバーより)

CINEMAウォッチ「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」(美術館の魅力がたっぷり味わえます)


CINEMAウォッチ「日常と非日常をつなぐアート プラド美術館 驚異のコレクション」(ゴヤも登場します)



写真クレジット:©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020



プロフィール

美術館ガイド、ワークショップ企画、美術講座講師、執筆などを通して、アートと観る人をつなぐ活動をしています。コロナ禍では、オンラインの鑑賞プログラムや、動画による作品紹介なども。このブログでは、アートが題材となった映画をご紹介しています。

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