こんにちは、美術検定協会です。2022年11月に開催の「美術検定1~3級オンライン試験」も受験申込が始まり、本格的に美術検定の勉強を始められた方もいらっしゃるかと思います。
今回は、特に美術検定1・2級の試験でたびたび出題される「展覧会の運営」について、美術検定1級を取得されたアートナビゲーターであり、また美術展の運営にもかかわるNHK大阪放送局の伊藤有人さんに、ずばりマスコミ主催の展覧会運営についてお話を伺いました。
―伊藤さんは、現在大阪中之島美術館で開催中の「展覧会 岡本太郎」の運営を担当されているとのことですが、伊藤さんの業務をご紹介いただけますでしょうか。
本展には2年前から関わっています。その時点ですでに展覧会内容はある程度決まっていましたが、展示企画から広報まで運営全般を担当しています。岡本太郎というと、大阪の人にとっては圧倒的に「太陽の塔」のイメージが強いですが、逆にそれしかないんですよね。でも実はそれ以外に、近鉄バッファローズのロゴや江坂カーニバルプラザというレストランのキャラクターデザインなど、大阪になじみのあるものも手掛けられているので、大阪の方々に「これも岡本太郎の作品だったんだ」と思ってもらえるような展示を意識しました。
―こちらの「展覧会 岡本太郎」は、国内だけでなく海外の美術館からも作品を借りてきているのでしょうか。
今回は、ニューヨークのグッゲンハイム美術館から《露店》をお借りしています。コロナ禍もしかり、展覧会によってはウクライナ侵攻の影響で飛行機が飛ばなかったり、状況にあわせて直前まで調整が必要だったりと、いろいろなことが決めづらい環境で運営していますね。
―マスコミが主催される展覧会はどのように開催内容が決まるのでしょうか。
マスコミのみ単独で主催する展覧会というものは基本的にはなく、多くは美術館と協力しながら展覧会の内容を決めていきます。いろいろなパターンがあるのですが、例えば美術館の学芸員がこれまで研究してきたテーマや作家との関係性から内容を決めたり、またNHKからは映像化できるテーマやニュース性のあるもの、没後●●年などちょうど節目の時期を迎える作家などを提案したりします。そのようなテーマの中から、学芸員と一緒に企画を膨らませていきます。
―日本では、マスコミ主催ですと海外の美術館の所蔵品展が多く開催されていますが、そうした展覧会はどのように決まっていくのでしょうか。
一例ですが、海外の美術館が改装中で展覧会が開催されない時などに、作品を倉庫で寝かせておくよりは貸し出して展覧会を行いたいといった情報が美術館や関係者からマスコミに入ってくることがあります。また逆に休館スケジュールなどを調べて、貸し出してもらえないかと連絡するということもあります。
こうしたケースは、海外だけでなく日本の美術館でもあって、私は以前、京都国立博物館で開催された「特別展 畠山記念館の名品ー能楽から茶の湯、そして琳派ー」を担当したのですが、こちらは畠山記念館が改修のため休館していた関係で、開催に至りました。京都国立博物館はさまざまな分野の研究をされている学芸員がそろっていますので、1つの展覧会でも扱う作品の種類にあわせて、複数の学芸員の方々に多大なご協力をいただきました。
―美術館はなかなか予算が厳しい館もありますが、マスコミが入ることで、予算がついて質の高い展覧会が企画できるケースもあると聞きます。そうした展覧会の出資や収支管理は、誰が担うのでしょうか。
私が携わってきた展覧会では、主催者といわれるマスコミと美術館は対等な関係で、出資の比率もほぼ等しく、収益も赤字も等分といったケースが多いです。美術館単体で展覧会を開催するとなると、限られた予算で特に広報面が弱くなりがちですが、そこにマスコミが入ることで予算も増えて自社の媒体を中心に様々な広告を打つことで、より多くの人に展覧会を知ってもらえる可能性が大きくなります。なので、美術館が特に推したい展覧会など、美術館の方からお声かけいただくこともありますね。
―美術館とマスコミは対等な関係なんですね。
そうですね、美術館をお借りして、いわば貸館として企画はマスコミが持ち込むという展覧会もあるにはありますが、NHKでは美術館の学芸員や他のマスコミの担当者と一緒に、企画の中身から展覧会の内容を決めていくケースが多いですね。
―2020年以降は、新型コロナウィルス感染の影響で美術館も休館や人数制限するなど、展覧会開催もかなり厳しい状況下に置かれていますが、どの点が一番苦労されていますか。
私が展覧会担当に異動したのがコロナ禍に入った頃で、コロナ禍前の展覧会運営が分からないのですが、その頃はとにかく広報、周知してより多くの人に観に来ていただけるように、という運営でした。コロナ禍以降の現在は、とにかく運営上安全に、が第一になってきています。日時指定チケットなどの導入で、ある意味適正な人数で鑑賞いただけるようになったという点では、鑑賞環境はよくなったと思います。ただし、その分運営収入も減る課題もあり、そのあたりが一番悩ましいですね。
最近で一番悩ましかったのは、大阪中之島美術館の開館記念展「Hello! Super Collection 超コレクション展 ー99のものがたりー 」でしょうか。美術館の構想から40年かかってようやく開館、ということでニュースや番組にも多く取り上げられましたし、「美術館に行きたい」という声も多く聞きました。しかしそんな中でチケットは日時指定優先制を導入していたので、事前の予約を基本としていましたし、会期の後半は行きたい日時に予約が埋まってしまい、行けなかった方もいらしたようです。
―日時指定のチケットですと、インターネットが使えない入館者の方への配慮も必要だったりしますよね。
そうですね、特に遠方からいらっしゃるとなると、なおのことですよね。そのあたりは、広報でも「チケットは日時指定制」ということをしっかり伝えるようにしています。
―鑑賞者としては、展覧会のために何時間も並んだり、混雑した展示室の中で人をかきわけながら観る、ということがなくなったのはよかったと思います。
たしかに、展覧会を観る環境はよくなったと思います。面白かったのは、東京国立博物館で開催された特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」は、“動く歩道”が導入されていて必然的に立ち止まれないという(笑)。絶妙なスピードに設定されていたのが興味深かったですね。
―「国宝 鳥獣戯画のすべて」は会期中感染拡大のために休館になってしまい、再開後にチケットの予約が殺到して結局観に行けなかったといった声も聞きました。
観たいという人が多くいらっしゃるのに、人数制限もあってお越しいただけない、というのは本当にジレンマですね。
―集客と鑑賞者の満足度、また安全な運営や経営とのバランスというのは、今後も展覧会運営の課題になってしまいそうですね。
象徴的だったのは、自分の直接の担当ではなかったのですが、神戸市立博物館で開催予定だった「特別展 コートールド美術館展 魅惑の印象派」でしょうか。東京からの巡回展で、神戸展では内覧会の準備まで済んでいたのですが、感染拡大の影響で結局開催しないまま終わりました。あべのハルカス美術館で開催された「国宝東塔大修理落慶記念 薬師寺展」も、3日だけ開館して終了してしまいました。何年も時間をかけて準備したのに、本当に悔しいですね。
―収支のバランスということを考えると入場料の問題が出てきますが、展覧会の価格設定についてはどうでしょうか。
地域性や想定入場者数も鑑みながら価格設定を行なっていますが、映画館の入場料が1つの基準に上げられることが多いです。一方で自分が学生だった頃を思い出すと、学生だったらこれは高いな、観に行けないなと思うこともあり(笑)、収支だけをみていてもいけないと、妥当な金額の設定を心掛けています。なかなか難しいですが。
―話は全く変わりますが、伊藤さんは展覧会運営業務に異動になるまで、人事部などの部署で業務なさっていたとのことですが、美術検定以外で美術を勉強されていた経緯があるのでしょうか。
大学では教育学部で美術を学んでいました。もともと絵を描くのが好きで、在学中美術館巡りにもハマり、学芸員資格を取得しました。実際に美術館の教育普及インターンや運営アルバイトをした経験から、展覧会の企画運営に関わりたいと思うようになり、展覧会を主催するマスコミへの入社を希望していました。そういえば大学生の時に、美術検定を受験していました。
―すでに美術検定を受験する前から美術を学ばれていたのですね。昨年1級を取得されたというと、社会人になってから1級を勉強されたのでしょうか。
そうですね。社会人になってから2級と1級を取得しました。特に2級は範囲が広いので、勉強が大変でした(笑)
―美術検定で培った知識は、今の仕事に活かされていますか。
はい、マスコミですと展覧会といってもさまざまなジャンルを扱うので、美術検定で得た幅広い知識が役に立っています。学芸員の方々はそれぞれ専門的な知識を持っていますが、私たちは縄文時代の土偶から岡本太郎のような現代にもつながる作家まで、古今東西の幅広い美術を展覧会で扱うので、美術検定で美術史の幅広い素養を得られたのはよかったです。
また最近では、仏像の展覧会企画のために学芸員の方と全国各地のお寺をまわって作品の選定をしているのですが、自分で全国の美術館に何の作品があるか、どんな意図でコレクションされているかなど、趣味の旅行で得ていた知識も役に立っていますね。旅行好きと展覧会運営は相性がいいと思っています。
―伊藤さんが受験された年の1級記述問題は、コロナ禍に関する出題内容だったかと思いますが、いかがでしたか。
現実的な立場で仕事に関わることも書きましたが、鑑賞者の立場に立った目線も含め、両方の立場から展覧会のあり方について記述したかと思います。実際に運営していく際にも、現実的な都合だけでなく、一鑑賞者としての理想やニーズが人を惹きつけたりしますので、その視点は忘れないようにしたいと思っています。
―伊藤さんがこれからやってみたい展覧会や、理想とする展覧会はありますか。
NHKということで、特に作家や作品のアーカイブ映像をたくさん持っていることから、そのアーカイブを活かした展覧会をやってみたいですね。映像で、鑑賞者の方にも分かりやすく展覧会を伝えられたらと思っています。
また、今開催中の「展覧会 岡本太郎」の関連番組として、「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」という衝撃(?)の番組が誕生して、SNSを中心に「なんだこれは!」と一躍話題になっています。いろいろな方法で、普段美術館や博物館に来たことがない方々にも展覧会に興味を持ってもらえるきっかけを作っていければ、と思っています。タローマンも、大阪中之島美術館でみなさんをお待ちしていますのでぜひお越しください!
―この度はお忙しいところありがとうございました!今後の伊藤さんのさらなるご活躍を応援しています。
取材・文/高橋紀子(美術検定協会・編集チーム)
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