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CINEMAウォッチ「ある画家の数奇な運命」

こんにちは。アートナビゲーターの深津優希です。前回のCINEMAウォッチ「こんなときには、DVDでアートを楽しもう」でもゲルハルト・リヒターの映画DVDと展示情報を紹介しましたが、今回は2020年10月2日公開予定のリヒターをモデルにしたフィクション映画、「ある画家の数奇な運命」について書こうと思います。実は、コロナ禍ならではともいえるオンライン試写を初めて利用したのですが、3時間の長さも気にならないほど引き込まれ、2回フルで視聴しました。映画館の大きな画面でも見たいと感じる作品でした。



ナチスの落とす影と、若き芸術家の希望の光

「善き人のためのソナタ」(2006年)や「ツーリスト」(2010年)で知られるフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の最新作は、現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターへの1か月に渡る取材をもとに紡いだ物語。監督とリヒターとの約束は、「人物の名前は変えて、何が事実か事実でないかは、互いに絶対に明かさないこと。」でした。

主人公のクルトは、ナチス政権下のドイツで育ちます。芸術好きの美しく優しい叔母エリザベトの影響で、絵が好きな子どもでした。ところが、この仲良しの叔母は精神不安定を理由に強制入院させられたうえ、安楽死政策のターゲットとなってこの世を去ってしまいます。エリザベトが残した「真実はすべて美しい」「目をそらさないで」といった言葉を胸に刻み、クルトはドレスデン美術学校へ進みます。服飾科のエリザベト(叔母と同じ名前)に一目ぼれし、ふたりはつきあうことに。しかしこのガールフレンドの父親は、ナチスの安楽死政策に加担した医者の一人だったのです。この時クルトは知る由もありませんでした……

愛し合うふたりはお互いを支え、結婚後は西側へ。東側の社会主義リアリズムに納得のいかないクルトはデュッセルドルフで美術学校に入り直し、再スタートを切ります。ここでの恩師はクルトに、自分の歴史、自分の身になっている出来事、それをもとにしてでないと、自分の作品にはならないと語りかけます。西に来て以来目新しくみえる手法をあれこれ試して迷っていたクルトは、これをきっかけにもういちど白いキャンバスに向き合います。さて、クルトの中にあるものからキャンバスの上にうまれるのは、どんな作品でしょうか。ちなみにこの恩師、フェルト帽をかぶって脂の塊を使って制作する名物教師なのですが、モデルは誰でしょう?そうです、ヨーゼフ・ボイスですね!

ナチス政権が崩壊して何年経ってもなお残る傷跡は、クルトの家族にも大きく影を落とします。しかし愛する人と出会い、悩みながら自分の表現を探し求めて、やっと手掛かりを見つけるのです。写真をキャンバスに正確に写し取る、ピントをずらしたようなもやがかかったような仕上げをする、複数の写真を組み合わせる、といった手探りの中で、早くに亡くなった叔母エリザベトと幼いころのクルト、妻エリザベトの父と安楽死政策を取り仕切っていた将校などが同じ画面に収まっていきます。クルトは、この時点では無自覚にこれらを組み合わせていますが、恐ろしい事実を告発する絵画になっていることを、そして決して許したり忘れたりできないナチスの罪と、それによってもたらされた深い悲しみを、映画を見ている私たちは見せつけられるのです。クルトの、そしてモデルとなったリヒターの作家としてのスタート、フォト・ペインティングのうまれるところに立ち会ったような気持ちになりました。

併せてみたい!

この映画はあくまでもフィクションですが、リヒターの作品をみるときのヒントになりそうな言葉やエピソードがたくさんありました。せっかくなので、共通のテーマで複数の映画や書籍にあたって、リヒター本人の言葉に触れる機会も持っていただけたらと思います。

▶【緊急企画】CINEMAウォッチ「こんなときには、DVDでアートを楽しもう」

リヒターが絵画制作にのぞむ姿や、スタッフやギャラリスト、ファンらと言葉を交わす様子を収録したドキュメンタリー。リヒターは「理解できてしまう絵は、ダメな絵です」と話します。

▶CINEMAウォッチ「アートのお値段」

リヒターは、美術館に収蔵されたら未来があるが、富豪に買われたらもう二度と日の目を見ないといった内容の発言をしています。これに対しオークションハウスのスタッフは、「美術館のほうが墓場だと思うけど」と言っていました。

▶CINEMAウォッチ「ミケランジェロ・プロジェクト」「黄金のアデーレ 名画の帰還」http://bijutsukentei.blog40.fc2.com/blog-entry-199.html

ナチスがユダヤ人から没収した財産のなかには美術品も多くありましたが、それを取り戻そうとする物語です。前者にはブルージュのミケランジェロ作《聖母子像》やファン・エイク兄弟作《ヘントの祭壇画》が、後者にはクリムトの作品が登場します。

▶「増補版ゲルハルト・リヒター写真論/絵画論」ゲルハルト・リヒター著、清水穣訳(淡交社)

対談や日記、作品図版を収録。読み進むのに苦労したところもありますが、ハッとさせられる言葉もあり、私にとって近寄りがたかったリヒターにちょっとだけ近づけたかもしれない、という1冊です。

▶「評伝 ゲルハルト・リヒター Gerhard Richter, Maler」ディートマー・エルガー著、清水譲訳(美術出版社)

東ドイツ・ドレスデンでの大学時代から、西ドイツでの新たなスタートそして今に至る作品の制作過程が、図版やプライベート・フォト150点と共に綴られた、リヒター公認の評伝です。

この時期、まだまだおでかけをためらう方も多いと思うので、おうちで見たり読んだりできるものも併せて紹介しました。作家本人の言葉も易しくはないですが、簡単に理解できないことをじっくり考える大切さを感じます。リヒターの絵に対する発言、そのままですね。美術館のリヒターの作品の前で、来館者と対話できる日がまた戻ってくることを楽しみにしています。

◆映画公式サイト

「ある画家の数奇な運命」 



プロフィール

美術館ガイド、ワークショップ企画、美術講座講師、執筆などを通して、アートと観る人をつなぐ活動をしています。このブログでは、アートが題材となった映画をご紹介しています。

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